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昭和初期、
戦後のモノのない時代

昭和初期の戦後のモノのない時代に 肉を薄く広げそれにパン粉をつけ、揚げた 西洋料理「カットレット」今でいうカツレツが流行した。

当時神戸で貿易商をしていたアツシはその「カットレット」が大好きであった。

かしこまらず
食べれる大阪の串カツ

当時お金に余裕のある人しか食べれなかったそれを、もっと大衆に広めたいと思い、 食材を細切れにし、衣を厚くし串に刺せば、かしこまらず気軽に食べれると大阪で串カツ屋を始める。

「名もない店」として大阪で繁盛していたが、 結婚し子供が出来た事をきっかけに神戸に戻り、 息子の名前をつけた「串カツひろかつ」を始める。

串かつひろかつ

繋がりを
大事にする店「ひろかつ」

父であり、商人であり、職人でもあったアツシは、息子であるヒロシとナオヨシに店をまかせ、

「そのうち豊かな時代が来る。でもいつの時代も、お腹をすかせている人をいかに満たしてあげるかという事を忘れてはならない。

お客様と自分たちは串でつながっている事を忘れるな」と言い続け、その精神を受け継ぎ現在も神戸で営業を続けられている。

常に繋がりを大事にするのがこの店「ひろかつ」である。